以下の質問を見て考えた.
当該ページには「主客の違いである(要約)」という回答がついているが,これは正しくないと思われる.「過労で健康を害した」「不用意な発言で感情を損なう」はどちらも正しい(共に明鏡国語辞典第二版).
つづめて言えば「害する」と「損なう」の間に大した違いはない.日本語ネイティブでも両者を意識して使い分けている人間は稀ではないか*1.
それでも一応,わずかな用法の違いはあるらしい.広辞苑第六版では,「害する」は
がい・する【害する】
〘他サ変〙
(文)害す(サ変)
①きずつける.そこなう.「健康を―・する」「感情を―・する」
②殺す.殺害する.今昔物語集(9)「虎を―・せむとする時に」
となっている.一方の「損なう」については
そこな・う【損なう・害う】ソコナフ
〘他五〙
①物をいためる.傷つける.完全なものを不完全にする.土佐日記「けふいくか,はつか,みそかとかぞふれば,およびも―・はれぬべし」.仮名草子,伊曽保物語「いばらの中へおつこうで,手足をかやうに―・ふ事,何の戯れぞや」.「器物を―・う」
②危害を加える.殺傷する.神代紀(上)「性―・ひ害(やぶ)ることを好みたまふ」.源氏物語(須磨)「高潮といふ物になむ,取りあへず人―・はるるとは聞けど」
③物事を悪い状態にする.害する.源氏物語(柏木)「久しう煩ひ給ふ程よりは,殊にいたうも―・はれ給はざりけり」.源氏物語(常夏)「額のいと近やかなると,声のあはつけさとに―・はれたるなめり」.日葡辞書「イロヲソコナウ」「キゲンヲソコナウ」.「友好関係を―・う」
④(他の動詞の連用形に付いて)
ア:…することに失敗する.間違えて…する.天草本平家物語「三井寺には長僉議をして,夜を明かいて夜討ちをし―・うて」.「文字を書き―・う」「球を受け―う」
イ:機会を逸する.「昼食を食べ―・う」
と書かれている*2.
用法別にまとめてみると,
(感情・関係などの無形物を)傷つける,不完全にする | 両方 |
(実体のある物を)傷つける | 「損なう」のみ |
(人・動物を)殺害する | 両方 |
(人・動物を)傷つける | 「損なう」のみ |
じゃまをする | 「害する」のみ |
動詞の連用形について「…することに失敗する」などの意味を出す | 「損なう」のみ |
という感じか.国語辞典では不可避の相互参照が入っているのでなんとも言えないが…….
明鏡国語辞典では,「害する」の「じゃまをする」という意味について,「旱魃(かんばつ)が稲の生育を―」「権力の介入が構成な取引を―」などの例文を挙げている.こちらのほうが分かりやすいだろう.確かに「旱魃が稲の生育を損なう」とは言わない(気がする).既に稲が育っていて,それを傷つける,という意味なら「損なう」としてもよいだろうが.
また,意味や用法の違いの他に,言葉の雰囲気といった面での違いもある.冒頭に挙げたサイトには類似した質問があったのだが,
こちらでは "損なう is a little harder to use than 害する." という回答がついている.確かにこれはそうかもしれない.そもそも「損なう」より「損ねる」の方がよく使われるような気もする.
また,言葉のトーンについて言えば,「害する」は「損なう」よりも強い印象を与えるのではないか.「気分を害する」と「気分を損なう」では前者の方がより腹を立ててそう.
どうも途中から漠然とした感想ばかり書いて申し訳ないが,とにかく「害する」と「損なう」の違いはそんな感じである.
ちなみに,「損なう」は,上の広辞苑の定義からも分かる通り語幹が「そこな」である.したがって本来は「損う」と送るのが正しいが,それでは「損ねる」→「損る」と区別が付きづらいので,例外的に一文字送り仮名を増やすことになっている(この辺りのルールは内閣告示「送り仮名の付け方」を参照するとよい).