『成功による眩惑』――スターリン農業集団化の一時停止を読む

はじめに

よく知られている通り,スターリンは 1920 年代後半以降,農業集団化運動を推し進めた.ずさんな計画に基づいて強引に推進された集団化は強権的な農民徴発を伴い,大規模な反対に遭う.

1930 年 3 月,スターリンは "Dizzy with Success" という論文を発表し,集団化の強引さに対する反省を表明しつつ,集団化運動における「行き過ぎ」「原則からの乖離」の責任を地方の党幹部に押し付けることで中央の免責を図った.これにより,集団化は一時的にブレーキをかけられることとなった*1

この "Dizzy with Success" は,スターリンが書いた論文の中でも歴史的意義が大きいと思われる一方,ネット上に邦訳が出ていない*2.『スターリン全集』あたりには入っているのだろうが,入手が容易ではない.というわけで,適当に訳してみた.

底本は Marxists Internet Archive のもの(https://www.marxists.org/reference/archive/stalin/works/1930/03/02.htmパブリックドメイン)を利用した.すなわち,重訳である.

なお,特に説明を要すると思われた部分については適宜注を付した.特記のない限り,脚注および [  ] で囲われた部分は全て私の付け加えたものである.また,原文で斜体の箇所は太字として訳した.

翻訳や付注に際して,以下の書籍を参考にしたことを付け加えておく.

成功による眩惑――農業集団化運動の問題について

Pravda, 第 60 号, 1930 年 3 月 2 日

農業集団化運動の領域におけるソ連邦政府の成功は,いまや誰しもの語るところとなった.我々の敵でさえ,こうした成功は確固たるものだと認めざるを得ない.大変けっこうなことだ.

今年の 2 月 20 日時点でソ連邦中の小作農場の 50% が集団化されたことは事実である.これは,我々が農業集団化五カ年計画を 100% 以上超過達成したことを意味する.

今年の 2 月 28 日の時点で集団農場*3が計画を 90% 以上超過する 36,000,000 セントナー(約 220,000,000 プード)*4もの作付用種子を蓄えることに成功したのも事実である.穀物調達計画*5の成功裏な達成ののちに集団農場のみの手によって成し遂げられた 220,000,000 プードもの種子の蓄積が素晴らしい業績であることは認められるべきだ.

これら全ては,何を示しているのか?*6

地方の社会主義への急進的転換は,すでに達成されたとみなされているかもしれない.

我が国の運命にとって,我が国の原動力である労働者階級の全体にとって,そして党*7自身にとって,こうした成功が非常に重要であることは論を俟たない.直接的な具体的成果については言うまでもないし,これらの成功は,党自身の存続や党への教訓にとっても莫大な価値を持っている.これらの成功により,党は自らの強靭さに対する自信と楽観で染まり,労働者階級は我々の目標の[最終的]勝利に対する確信によって武装した.

したがって,党の任務は,達成された業績をより確実ならしめ,さらなる進歩のためにこれらを活用することである.

しかし,こうした業績には裏面がある.特に,それが比較的「容易に」,いわば「望外に」達成された場合はそうだ.こうした成功はしばしば虚栄とうぬぼれの精神を伴う――「我々はなんでもできる!」「できないことなどなにもない!」――.人々は頻繁にこうした成功に酔う.すなわち,成功に目が眩み,バランス感覚を失い,現実を理解する能力を失うのだ.彼らは,自身の強さを過大評価し,敵のそれを過小評価する傾向を示す.冒険主義者たちは社会主義建設の全ての問題を「一息に」解決しようとしている.このような場合,「達成された業績をより確実ならしめ,我々のさらなる進歩のためにこれらを活用する」余地はなくなる.社会主義の完全な勝利に向かって「すぐさま」走り出せる――「我々はなんでもできる!」「できないことなどなにもない!」――ようなときに,なぜ達成された業績を確固たるものにしなければならないのか?

したがって,党の任務は,我々の目的にとって危険で有害なこうした感情に対する断固とした闘争を遂行し,これらを党から追い出すことである.

こうした危険で有害な感情が我が党の仲間内で広がっているとは言い切れない.しかし,この感情は確かに党の中に存在するのであって,それがより強くなることはないと断言するに足る根拠は何一つない.仮にこのような感情が野放しにされたら,間違いなく農業集団化運動は相当弱められ,瓦解の危機は現実のものとなるであろう.

したがって,本稿の任務は,こうした感情や,類似する反 Lenin 主義的感傷を体系的に弾劾することだ.

いくつかの事実がある.

1. 我々の農業集団化計画の成功は,なによりもまず,それが自発的性格に依拠しており,ソ連邦のさまざまな領域における状況の多様性を考慮に入れているという事実によるところが大きい.集団農場は強制によって確立されるべきではない.集団化の強制はばかげているし,反動的だ.集団化運動は,貧農階級の大多数の自発的な支持に依拠するべきだ.先進的地域における集団農場構築の事例を機械的に発展途上地域へ適用すべきではない.そうすることはばかげているし,反動的だ.そのような「方針」は集団化の理念を一挙に毀損するだろう.集団化の手法と速度を決定するにあたっては,ソ連邦のさまざまな領域における状況の多様性に対して入念な考慮が行われるべきである.

我が穀物生産地域*8は,集団化運動において他のすべての地域より先んじている.これはなぜか?

まずもって,これらの地域では既に強固に確立された農場ないし集団農場が最も多く存在し,そのおかげで貧農たちが,新しい機器の力と重要性,最新鋭に集団化された組織的農業の力と重要性を確信できた,ということが挙げられる.

さらにまた,これらの地域は穀物調達運動の期間中に富農との闘いを実地に体験しており,そのおかげで必然的に集団化運動が進展した.

最後に,これらの地域がここ数年間,工業中心地域からの党幹部(カードル)の広範な供給を受けていたことが挙げられる.

こうした特に有利な状況が,たとえば北部のような消費中心の他地域や,トルキスタンのようになお縄張り意識の強い地域にも存在すると言えるだろうか?

もちろん,言えない.

明らかに,「ソ連邦のさまざまな領域における状況の多様性を考慮に入れる」という原則は,自発的意思の原則と共に,堅固な集団化運動のため必要欠くべからざる最重要なものの一つである.

しかし,実際のところは何が起きたか? 自発的参加の原則と地域の特性を考慮に入れるという原則は,多くの地域で犯されなかったと言えるか? 残念ながら,言えない.たとえば,北部の消費中心地域の多く,すなわち集団化に関する直接の諸条件が穀物生産地域に比して比較的不利なところでは,[集団化のための]準備作業を集団農場の組織によって取り替えようとする試みが,集団化運動の官僚的決議,集団農場開拓に関する書面上の議決案,紙上での農場組織化によって頻繁になされ,集団農場はいまだ現実のものとなっていないのにその「存在」は自慢気な書類の山によって宣言されている,ということを,我々は知っている.

あるいは,集団化に関する直接の諸条件が北部地域よりもなお不利なトルキスタンのある地域を取り上げてみよう.トルキスタンの多くの地域で,ソ連邦の先進的地域に「追いつき,追い越す」ための試みが,武力による脅し,未だ集団農場に加入しない貧農は灌漑水と工業製品を奪われるだろうという脅しによりなされてきたことを,我々は知っている.

この Prishibeyev 軍曹*9的な「規律」と,「集団化において自発的参加原則と地域の特性を考慮に入れる」という原則とに依拠する党の方針との間に,なにか共通点を見いだせるだろうか? 明らかに,両者の間に共通するものは何一つ存在しないし,存在し得ない.

こうした歪曲,官僚主義的な集団化の議決,貧農への無意味な脅迫によって,誰が利益を得るのか? 我々の敵以外にはあり得ない!

この歪曲は何をもたらすか? 我々の敵の強化,そして,農業集団化運動の理念の毀損だ.

自らを「左派」だと夢想しているこうした歪曲の立案者たちが,実際は右派日和見主義に利益をもたらしているということは,明らかではないか?

2. 我が党の政治戦略の最も素晴らしい長所の一つは,いかなる時にも,党が一つの共通目標に向けて伸ばしている鎖をたぐることで,問題の解決を達成するために運動への主要な連結点を取り上げられることだ.党は既に集団化の体系における農業集団化運動の主要な連結点をつかんでいると言えるか? 言えるし,言えてしかるべきだ.

主要な連結点とはなにか?

農業協同組合(TOZ)*10か? 違う.TOZ は未だ社会化*11されていない生産手段のためのものであり,農業集団化運動においては既に過去の段階となっている.

農業コミューン*12か? 違う.コミューンは未だ農業集団化運動において点々と見られる事象にすぎない.状況は農業コミューン――生産だけでなく分配をも社会化するもの――が主要形態になり得るほど熟していない.

農業集団化運動の主要な連結点,現時点での主要形態,今すぐ把握されるべき連結点とは,農業アルテリ*13である.

農業アルテリにおいて,主として穀物農業における生産の基本的手段,すなわち労働力,土地の使用,機械とその他の機器,家畜,そして農業用建造物は,社会化される.アルテリにおいて,家庭用の農地(小規模家庭菜園,小規模果樹園),住宅,一部の乳牛,小さな家畜,家禽その他は社会化されない

農業アルテリは,それが穀物問題を解決するにあたって最もふさわしいから,農業集団化運動における主要な連結点である.そして,穀物問題は,もしそれが解決されなければ,大小の家畜の飼育に関する問題も,産業に主要な原材料を提供する工業的に特別な作物の問題も解決され得ないだろうから,農業体系全体の連結点である.そういうわけで,現時点で農業アルテリは農業集団化運動の体系の主要な連結点なのだ.

これは農業集団化運動における「模範的規則」の出発地点であり,その最後のテキストが本日上梓されたのだ.

そしてそれは,こうした規則の徹底的な前例を作り,これらを細部に至るまで遂行する責務を持つ,我が党とソ連邦労働者の出発点であるべきだ.

これらが,現時点での党の方針である.

この党の方針が規律違反や歪曲なしに遂行されていると言えるか? 残念ながら,言えない.我々は,集団農場の存立のための闘争がなお十分でなくアルテリがいまだ確立されていないソ連邦内の数多くの地域で,アルテリの枠組みを迂回し農業コミューンまで飛び越そうとする試みがなされていることを知っている.アルテリすら確立していないにもかかわらず,彼らはすでに住宅,小さな家畜,家禽を「社会化」しつつある.さらに,この「社会化」は,これを必要とするための条件がいまだ存在しないのだから,官僚主義的な紙上の決議へと堕落している.穀物問題は既に集団農場において解決されておりもはや過去の段階に過ぎず,現時点での主要な課題は穀物問題の解決ではなく家畜・家禽飼育問題の解決であると考える人がいるかもしれない.尋ねたいのだが,異なる形態の集団農場運動を十把一絡げにするこのばかげた「仕事」から,一体誰が利益を得るのか? ばかげていて有害な先走り行為から一体誰が利益を得るのか? 穀物問題がいまだ解決されておらず,農業集団化のアルテリ形式がいまだ確立されていないときに,住宅,すべての乳牛,すべての小さな家畜・家禽を「社会化」することによって集団農場の貧農をいらだたせること――こうした「方針」が,ただ我々の不倶戴天の敵のみを利することは明らかではないか?

こうした熱心すぎる「社会化実行者」は,アルテリに,以下のような指示を含む命令を出しさえする.「3 日以内に,すべての家庭の家禽を登記せよ」「特別な『指令者』の登記/監督業務のためにポストを用意せよ」「アルテリの重要なポストを占めよ」「地位を去ることなく社会主義的闘争を指揮せよ」,そしてもちろん,「アルテリの全生命を掌握せよ」.

これは農業集団化を指揮するための方針なのか,それとも混乱させ毀損するための方針なのか?

こうした革命家もどき*14,アルテリの組織化作業を教会の鐘を取り除くことから始めているような人々に関しては何も言うまい.教会の鐘を取り除くことを想像するだけでよい.――なんて「革命的」なのだろうか!

このようなばかげた「社会化」の実行,自分自身を飛び越えようとする愚かな試み,階級と階級闘争を迂回しようとし,そして実際は我々の階級敵に利益をもたらしている試みは,いかにして我々の中に現れうるだろうか?

これらは,集団化における我々の「容易」で「望外な」成功という雰囲気の中でのみ現れうるのだ.

これらは,「我々はなんでもできる!」「できないことなどなにもない!」といった,党の一部に存在するばかげた信念の結果としてのみ現れうるのだ.

これらは,我々の同志の一部が,成功により目が眩み,今もなお,冷静に展望する明瞭な精神を失っているからこそ,現れうるのだ.

集団農場開発の領域における我々の任務の連結点を正すため,我々は,これらの感傷に終止符を打たなければならない.

これが,現在における党の喫緊の課題の一つである.

リーダーシップの技能は重要な問題である.誰も運動に遅れをとってはならない.なぜならば,遅れをとることは取りも直さず大衆との接点を失うことだからだ.しかし,先走りすぎてもならない.なぜならば,速く走りすぎることは取りも直さず大衆を失い自身を孤立させることだからだ.運動を指揮し,同時に巨大な大衆との接点を保ちたい人間は,二正面で闘争を遂行しなければならない.――すなわち,遅れを取っている人間との闘争,そして先走りすぎる人間との闘争である.

我が党は強靭かつ無敵である.それは,運動を指揮するに際して,労働者と貧農からなる巨大な大衆との接点を保ち,それをますます増大させることができるからだ.

J. Stalin

 

*1:スターリンの盟友であったオルジョニキーゼやカリーニンが集団化に強く反対したことが大きな原因として挙げられる.

*2:翻訳していてつくづく思ったのだが,邦訳が出ていないのには理由がある.スターリンは基本的に地方批判に終始しており,上に書いたような大要で論文の主張が尽くされるため,わざわざ全文を訳す必要がない.しかし言語明瞭意味明瞭という感じで空疎な文章なので,語学の練習には有用だと思われる.

*3:いわゆるコルホーズソフホーズを指す.

*4:セントナーとプードはともに質量の単位.Wikipedia を見るとロシアでは革命後メートル法への切り替えが行われたとあるのだが…….

*5:1920 年代後半,ソ連指導者層は急速な工業化を達成するために必要な資本を,穀物の輸出により賄おうとした.しかし,農民からの穀物買い付け額を低く抑えて利潤の最大化を図ったこと,工業製品が農村に出回らず農民の側では貨幣を必要としなかったこと,などを理由とし,農民からの買い付けは全く進展しなかった.そこで党は,「富農」と見なされた農民から穀物を強制的に徴発することで,必要な輸出用穀物を確保しようとした(飢餓輸出).これが穀物調達計画である.

*6:ソ連指導者層の論文に共通して見られる傾向であるが,短い問いかけを投げたのちすぐさま答えを与えるという書き方が本稿には多数出てくる.G.Orwell のいう "a style at once military and pedantic","a trick of asking questions and then promptly answering them" である.

*7:ボリシェヴィキを指す.

*8:ウクライナなど,穀物生産が盛んな地域を指すと思われる.

*9:A.Chekhov の短編 "Sergeant Prishibeyev" の主人公.古い軍隊的な行動規律に固執し,至るところで警察沙汰のトラブルを起こす.

*10:集団農場の形態の一つで,最も単純なもの.TOZ では,土地と労働力のみが共有される.

*11:生産手段その他を社会的・協同的に取り扱うこと.特に,公有化することを言う.

*12:集団農場の形態の一つ.コミューン では,土地,労働力,機器,家畜,不動産,収入その他が共有される.

*13:伝統的な集団農場の形態の一つ.下で縷縷説明される通り,土地や労働力,機器,家畜などは社会化されるが,住宅その他は社会化されない.

*14:「もどき」は原文では save the mark! であり,嘲笑というか皮肉の意を表す.訳出に苦しんだ.