1 = 2 について

ゼロ除算とか単射性の不当な要求にはもう騙されませんよ~

 

ところで,

 \displaystyle{ \sum_{n = 1}^{\infty} \frac{(-1)^{n-1}}{n} = 1 - \frac{1}{2} + \frac{1}{3} - \frac{1}{4} + \cdots }

について考えたいと思います.部分和に以下のような式変形を施します.

 \displaystyle{ \begin{eqnarray} \sum_{n = 1}^{2m} \frac{(-1)^{n-1}}{n} &=& \sum_{n = 1}^{2m} \frac{(-1)^{n-1}}{n} + \left( 2\sum_{n = 1}^{m} \frac{1}{2n} - 2\sum_{n = 1}^{m} \frac{1}{2n} \right)  \\ &=& \sum_{n = 1}^{2m} \frac{(-1)^{n-1}}{n} + 2\sum_{n = 1}^{m} \frac{1}{2n} -  \left( 2\sum_{n = 1}^{m} \frac{1}{2n} \right)  \\ &=& \sum_{n = 1}^{2m} \frac{1}{n}  -  \left( \sum_{n = 1}^{m} \frac{1}{n} \right) \\ &=& \sum_{n=1}^{m} \frac{1}{m + n} \\ &=& \frac{1}{m} \sum_{n=1}^{m} \frac{1}{1 + (n/m)} \end{eqnarray} } 

区分求積法を用いることで
 \displaystyle{ \lim_{m \to \infty} \frac{1}{m} \sum_{n=1}^{m} \frac{1}{1 + (n/m)} = \int_0^1 \frac{1}{1+x} dx = \log 2}
を得ます.

これにより,
 1 - \frac{1}{2} + \frac{1}{3} - \frac{1}{4} + \cdots  = \log 2
が求まりました.めでたし.



ところで,
 \log 2 = 1 - \frac{1}{2} + \frac{1}{3} - \frac{1}{4} + \frac{1}{5} - \frac{1}{6} + \cdots
において,符号ごとにまとめてみると,
 \log 2 = \left(1 + \frac{1}{3} + \frac{1}{5} + \cdots \right) - \left( \frac{1}{2} + \frac{1}{4}  + \frac{1}{6} + \cdots \right)
となります.

 \left( \frac{1}{2} + \frac{1}{4}  + \frac{1}{6} + \cdots \right) を足してからまた引いても値は一緒になるはずですから,
 \begin{eqnarray} \log 2 &=& \left(1 + \frac{1}{3} + \frac{1}{5} + \cdots \right) + \left( \frac{1}{2} + \frac{1}{4}  + \frac{1}{6} + \cdots \right) - 2\left( \frac{1}{2} + \frac{1}{4}  + \frac{1}{6} + \cdots \right) \\ &=& \left(1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \frac{1}{4} + \cdots \right) - \left(1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \frac{1}{4} + \cdots \right) \\ &=& 0 \end{eqnarray}

 \log 2 > 0より両辺を \log 2で割ると, 1 = 0となります.ゆえに 2 = 1

説明

これは 1 = 2の証明に使われるテクニックのうち,もっとも遅くに反駁されたものだと考えられます.Cauchy は1821年にこの問題を解決しました.具体的には,無限級数において足し算の順序変更は必ずしも可能ではありません

各項の絶対値を取って足し合わせたときに発散するような級数は条件収束級数と呼ばれます*1.条件収束する級数について,Riemann series theorem という定理が存在し,足し算の順序を適当にいじることで任意の実数に持っていけることが知られています.
en.wikipedia.org

*1:絶対値の和も収束する場合,絶対収束級数といいます.

2年くらい経ったし,漢検準1級をもう一度解いてみる

はじめに

2年前のいまごろ,漢検準1級に合格しました(参照*1.今年もそろそろ第1回試験の合格発表がある模様です.

人間である以上致し方ないことですが,受験当時覚えていたことは時が経つにつれ段々と忘れていきます.ふと,自分は今どのくらい漢字を覚えてるんだろう,と気になったので,実際に問題を解いてみました.使用したのは 漢検協会が公開している過去問題 です.平成30年度第1回試験,つまり自分が受検した1年あとの問題ですね.著作権的にどこまでセーフなのかわからないので,問題や解答は直接掲載せず,結果だけ書いていきます.

結果

大問順に分けています.

  1. 読み……23 / 30
  2. 表外の読み……7 / 10
  3. 熟語の読み・一字訓読み……9 / 10
  4. 共通の漢字……10 / 10
  5. 書き取り……28 / 40
  6. 誤字訂正……4 / 10
  7. 四字熟語…… 書き 12 / 20,意味と読み 6 / 10
  8. 対義語・類義語……12 / 20
  9. 故事・諺……8 / 20
  10. 文章題……書き 4 / 10,読み……8 / 10

総合:131 / 200

感想

見ての通り,惨憺たる結果です.特に書き取りが悲惨.準1級の合格ボーダーは160点前後なので,よほどのことがない限りアウトでしょう.

枇杷」「夙夜」なんかは頻出ということで受検当時覚えてたはずなんですが,ズタボロでした.解答を見て「あーーーーーーーー見覚えある」ってなりました.

読み取りは学習内容を忘れてても部首や文脈から音を類推することができますが,書き取りはそうもいきません.2年前もそうだったんですが,「結構よく見かける漢字なのに形が思い出せない……><」という状態によく陥りました.普段あまりペンを握らない情報系高専生の悲しいところで,IME に漢字の形状を覚えてもらってる弊害がこういうところで出ます.4. 共通の漢字が例外的に満点なのは出題がやたら簡単だったからです.おそらく去年同じ試験を受けた人も4.についてはだいたい同じ感想でしょう.

とはいえ,全滅というわけでもないのが救いです.一応多少は書ける漢字が残っていましたし,解きながら「これ結構行けるのでは」などと思ってました.まあ,2年間というブランクを考慮したら妥当な点数ではないでしょうか.

取得の後日談

ついでなので,準1級を取ったことによる恩恵について少し語ります.

漢検は2級まで取れば十分.それ以降は日常生活とはほぼ関係ない」とよく言われますが,それは割と本当です.日常で「我が廟堂諸公の心地如何に公明なればとて其の議士を視るや……」みたいなことを言ってる人間がいたらちょっとキモいと思います.

それでも,漢検準1級レベルの漢字が登場するシーンもわずかながらありました.たとえば,ぼくは割と夏目漱石森鴎外を好んで読むんですが,この手の文豪の書く文章には難読語が頻出します.この辺をスラスラ読めるのはちょっとした嬉しさです.あと,いきなり漢字クイズを出題してくる友人にもサラッと応対できます*2

それから,話のタネにもなります*3漢検を取ろうとする物好きの中でも準1級を受検するような人間はかなり少ないですし,あまつさえ高専などという理系の世界に住んでいればそういった人間は基本ほぼ見つかりません.履歴書の添削なんかをしてもらってるとき「えー,漢検準1級持ってるんだ,すごい」とか言われます.へへーん.

あとは全然思い浮かびませんね.繰り返しますが,日常生活にはあんまり役立たない資格です.恩恵のことを考えず,趣味と思って受検するのがいいと思います.

2級も解いてみた

準1級がボロボロすぎて悔しかったので2級も解いてみました.同じく平成30年度第1回バージョンです.

  1. 読み……30 / 30
  2. 部首……7 / 10
  3. 熟語の構成……18 / 20
  4. 四字熟語…… 書き 18 / 20,意味 10 / 10
  5. 対義語・類義語……20 / 20
  6. 同音・同訓異字……20 / 20
  7. 誤字訂正……10 / 10
  8. 漢字と送りがな……10 / 10
  9. 書き取り……46 / 50

総合:189 / 200

まあ2級は日常生活でもよく見る漢字ばかり出題されるので,こんなところでしょう.出題範囲は高校卒業程度ということで,そこまで理不尽な難易度ではないので,皆さんも一度解いてみてください.

*1:このエントリを書いたときはまだ2年生でした.あの頃に戻りたい.

*2:彼らは往々にしてスマホを手に持っており,インターネットの力をフルに活用してしてくるのに,解答者にはスマホの使用を絶対許しません.ずるい.

*3:「話のタネ」にはなりますが,そこから話が広がるかはコミュ力の問題です.

マルクス『数学手稿』を読む

はじめに

カール・マルクスは言わずと知れたドイツの経済学者/哲学者です.マルキシズムという理論体系を築き上げ,歴史に(そして私たちの生きる社会に)莫大な影響を与えました.

そんなマルクスですが,数学がめちゃくちゃ苦手だったと言われます.幸いにも,彼の数学勉強ノートは『数学手稿』として現在に残っています.これは生前に公開されたものではなく,死後になって「あのマルクスの手になるものだから……」という感じで勝手に整理・出版されたものだそうです*1.内容は極限から始まり微分に至り,Maclaurin の定理あたりまであります.

というわけで,21世紀の教育を受けて後知恵的に微分積分を学んでいる身でマルクスにマウントを取っていこうと思います.手稿の全てを読む気力は今のところないので,マルクス数学のエッセンスが凝縮されている最初の数ページに限って紹介していきます.

付け加えておくと,ぼくはマルクスの著書だと『共産党宣言』あたりを数冊読んだ程度の人間で,マルキシズムは完全に門外漢です.歴史的に考えて彼の思想的巨大さには敬意を表しますが,彼の哲学に対してはフラットな立場にあります.この『数学手稿』に対しても,あまりマルキシズムのことを考えず虚心坦懐に臨みたいと思います.

0/0

微分を学ぶ人間にとって,ステージ1-1のクリボーに相当する厄介なやつが極限です.慣れてしまえばどうということないのですが*2マルクスはまず,1次関数 y = axに対する考察から入ります*3

独立変数 x x_1まで増し,従属変数 yがそれに応じて y_1まで増すとしよう. 

(中略)

 x x_1まで増すと,

 y_1 = ax_1 したがって  y_1 - y = a(x_1 - x)

いまかりに微分操作がおこなわれ,つまりわれわれが x_1 xまで減少させるとするならば,

 x_1 = x  x_1 - x = 0

したがって,

 a(x_1 - x) = a \cdot 0 = 0

さらに, y x x_1に変じたためでだけ y_1に変じたのだから, yの方についても同じく

 y_1 = y y_1 - y = 0

だから

 y_1 - y = a(x_1 - x)

 0 = 0に変わることになる.

(太字部引用者)

見ての通り,マルクスは「限りなく 0に近づける」という操作を理解できず,「 0にしてしまう」方針を取っています.曰く,これは「差をとる操作を定立し,ついでこれをふたたび止揚」しているのだそうです*4.結局マルクスは,やたら回りくどい解説のすえ,

 \frac{0}{0} = a

という一大公式にたどり着きます. その後,「 0/0という表現では,この表現が生じてきた起源やその意義は跡かたもなく消え失せているから,われわれはこれを dy/dxで置きかえる」というかなり苦しい論法で

 \frac{dy}{dx} = a

を得ます.

 0/0という表現では,この表現が生じてきた起源やその意義は跡かたもなく消え失せている」というのは合っています.つまり,微分においてはどのように 0/0に持っていかれるかが問題なのであって, 0/0実際に行き着いてしまうのは無意味です.にもかかわらず,行き着いてしまったあとで無理やり dy/dxとするのはあまり筋のいいやり方とは言えないでしょう.

要するにマルクスは「限りなく近づける」という極限の気持ちが理解できてなかったみたいなのですが,彼はその辺の議論を「合理主義でことをわりきる……数学者たちの……気やすめ」「限りなく近づけるだけだ,というような逃げ口上」と一蹴し,以降 0/0を押し通していくことになります.

その後は 0/0を連呼しつつ,2次関数の微分を考え,Newton の流体力学にまで達します.この辺は時間があれば読んでみようと思います.

何をなすべきか

さて,私たちはこの手稿から何を学び取ればよいのでしょうか.手稿の訳者は前書きや注解でかなり頑張ってマルクスを弁護していますが,少なくとも「数学の教科書」的には学ぶことはないと思います.

一つ注目しておきたいのは,マルクス微分の定義を 0/0で済ませているにも関わらず,以降はそれなりに真っ当な計算ができている点です.微分の概念はスッとお腹に入ってくるまではよくわからないものですが*5,形式上の計算自体はさほど難しくありません. x^nが出てきたら条件反射のようにnを引きずり下ろし,肩はn-1とするという操作が手に染み付いている人も多いと思います.

もちろんそれでも当面は問題ないのかもしれません.しかし,微分の概念を真に理解しておくことも重要だと思います.マルクス 0/0を呵呵と笑い飛ばせる人がどのくらいいるでしょうか.

概念の理解は苦しく,形式的な計算は易しいものです.この手稿をよすがにして,今一度自分が本当に「微分」の何たるかを理解しているのか問うてみたいですね.

*1:このスパイシーな内容からして,余計なお世話だったとしか言いようがありませんが……

*2:正確には ε-δ 論法というテクを使って定義する必要があり,どうということあったりします.

*3:引用元は『数学手稿』,K.マルクス,菅原仰訳,大月書店.以下同じ

*4:止揚」は aufheben の訳語で,ヘーゲル哲学の頻出ワードです.マルキシズムの中核をなす弁証法唯物論でも止揚は重要概念となっています.

*5:一般にはどうかわかりませんが,少なくともぼくはそうでした.

2100年春アニメ:ごちうさ-887.67期

背景

ごちうさは2014年と2015年にアニメ化されています.タイトルは,それぞれ

となっています.また,2020年にもアニメ化されることが決まっており,タイトルは2014年・2015年の例から考えて

となることが推察されます(正式には未定です).

ここで,西暦年を独立変数  x として考えると,クエスチョンマークの数(=アニメの期数)は  x の関数  f(x) で表せそうですね.というわけで, f(x) の具体的な形を考えてみようと思います.

補間

Lagrange 補間という多項式補間法があります.これを使えば, f(x)

 f(x) = \frac{(x-2015)(x-2020)}{(2014-2015)(2014-2020)} + \frac{(x-2014)(x-2020)}{(2015-2014)(2015-2020)} \times 2 + \frac{(x-2014)(x-2015)}{(2020-2014)(2020-2015)} \times 3

と書けます.頑張って計算することで,

 f(x) = -\frac{2}{15}x^2 + \frac{2691}{5}x - \frac{1629323}{3}

を得ます.

観察

具体的な  f(x) の表示が求まったので,性質を見ていこうと思います.

とりあえずプロットしてみた結果がこちらです.

f:id:villach:20190427123437p:plain

見ての通り下に凸で,最大値はおよそ 3.4になることが分かります. f(x) = 4は実解を持たないので,ごちうさ4期は放映されない公算が大きいです.また,2021年ごろに2期の再放送が,2022年ごろに1期の再放送がそれぞれ見込まれます.

展望

4期が放送されないというのが本当だとすると精神的にかなりつらいので,なんとかして単調増加性を前提した別の補間を見つけていきたいです.

高専生英語できない問題は本当なのか

はじめに

香風智乃すき(I am very love to kafuu chino.)

 

正確には「高専生英語できない問題」というより「高専生,高校生と比べて英語できない問題」について書いています.

本題

  • 高専生はそれなりの入試を経ているので,さっぱり英語ができないというわけでもない.
  • 進学予定の高校生は自主的に英語を学習するインセンティブがある.進学のためには高校の授業で用意されている時間は少なすぎるので,結果として授業外で学習することになる.
    対して,高専生は編入を目指さない限り単位を落とさない程度の学習で十分であり,それには授業時間のみの学習で事足りる.この辺が進学予定高校生との差に響いてきそう.
  • 一方,進学しない or 進学するけど英語の試験がない高校生というのもたくさん(大学進学率から考えて少なくとも5割以上)いて,彼らの英語学習に対するモチベは高専生と変わらない気もする.
  • 各種試験(英検,TOEICTOEFL,GTEC)の成績の違い(高専生は高校生よりかなり低い)がよく言われるけど,そもそもそういった試験を受ける高校生は平均を上回る程度には英語学習を積極的にやっているので,これだけを見て高専生の英語力を推し量るのは正しくない.

結論

高校生と比べてはちゃめちゃに英語できないというわけでもないけど,まあ平均レベルではあると思う.というか,そうであってほしい.

「美少女に支配されたい」?「美少女に服従したい」?

はじめに

美少女の靴を舐めたい

概要

「支配される」と「服従する」との差異はなんでしょう.単に受動態と能動態の違いだとも思われますが,本当にそうでしょうか?

これらの差異や政治学的な取り扱いについては,日本を代表する政治学者の丸山眞男が,『支配と服従』(『現代政治の思想と行動』および『政治の世界 他十篇』所収.現在は後者が最も入手しやすいと思われます)という論考で詳しく考察しています.

政治の世界 他十篇 (岩波文庫)

政治の世界 他十篇 (岩波文庫)

 

この記事では,『支配と服従』の内容をなるたけわかりやすくまとめてみようと思います.なお,記事中で扱う「支配」「服従」という語は別に価値判断を含んでいないことを付言しておきます.

1. 定義

一方の人間(あるいは人間集団.以下同じとします)が他方の人間に対して継続して優越的地位にあり,それにより後者の行動様式が継続的に規定される場合,客観的にみて従属関係が生じます.支配あるいは服従という関係は,かかる従属関係の特別なパターンとして捉えることができます.

定義というか辞書的説明としてはこれだけの話で,割と簡明なのですが,これでは考察を掘り下げようもありません.もう少し具体的な説明が欲しいところです.とはいえ,ある従属関係を取ったとき,それが支配・服従関係に妥当するのかどうかを明確に線引きするのは非常に難しいので,とりあえず例を挙げて考えてみることにします.

2. 教師と学生,主人と奴隷

学生が教師に「服従」しているというのは,あまり違和感なく受け取れる事実だと思います(先述したとおり,「服従」という語には価値判断を含んでいないことに留意してください).

一方,教師が学生を「支配」していると言い切れるかというと,これは微妙になってきます.ここで重要なのは,支配関係の有無に関わらず権力関係が発生していることです.教師は学生に何かを命じたり,何かを禁じたりすることができます(し,現にしています.勉強せよ,放蕩するべからず!). さらにまた,学生の違背に対して罰を以て報いることも可能です(叱責,留年,退学……).こうした権力関係は自然に(先験的に)教育と密着していますが,しかし支配関係は発生していません.

では,支配関係が発生している事例にはどのようなものがあるでしょうか.パッと思いつくのは,古代の奴隷制ですね.この場合は明白に支配が成立しています.

教師と学生の関係・主人と奴隷の関係の差異はなんでしょうか? 丸山は,利益志向の同一性と対立性をその差異として挙げています.

教師と学生の求めているものは本質的に同じです.学生は教育を受けることで人格的ないし学問的な向上を目指しており,教師もまた学生の人間的完成を志向しています.教師が学生に加える罰も,かかる志向のもとでのみ成立します.ここにあって,教師は権威となり,学生は権威に服従するのです.

一方,主人と奴隷はその目標とするところが完全に異なります.主人は奴隷を最大限使役すること,奴隷は主人の使役から最大限逃れることを目指しています.奴隷は主人を範とすることなく,ただ物理的強制力のために労働することになります.ここで,主人から奴隷への一方的な支配関係が成立します.

こうして,記事タイトルに掲げた問いへの答えがとりあえず出てきそうです.屈服プレイにも種々様々ありますから一概に支配であるとか服従であるとかは言えませんが,ぼくは美少女に服従したい方ですね.美少女に服従するということについて詳しく語るとキモくなるので避けますが.

ここからは歴史的・政治制度的な話になります.

3. 支配と服従の歴史

一般に,古代社会は服従によって成り立っていました.族長という権威への同方向的な服従がコミュニティを支えていました.一方,社会が近代化するにつれ,支配集団と被支配集団との目的は別々の方向を向いてゆきます.人間の歴史は,極めて大ざっぱに述べて,服従関係から支配関係への転換の歴史ということになります.

さてここで,パラドキシカルですが,政治的支配が純粋な支配関係のみでは成立しないという問題が発生します.奴隷制的支配にあっては,奴隷が主人に自発的服従を以て仕えることはなく,形式的な「服従という事実」のみが生じ得ます.名前忘れたけどなんか偉い人が「奴隷労働は最も非効率的な労働形態である」と述べたのはそのためです.政治的にもそうであって,純粋な支配によって成り立つ支配機構は,抑圧のためにいたずらに巨大な装置を用意する必要に追われます.

したがって,支配者は多かれ少なかれデモクラティックな制度を立ち上げ,被支配者に譲歩し,同時に被支配者との同一化を図ることになります.ここに至って,デモクラシーという仕組みは,支配の事実を「隠蔽」して被支配者の協力を得るための偽装装置と相成ります.もちろん,かかるシステムが支配集団によって意識的に偽装として運用されるかと言えば,決してそうでもありません.現代に至るまで,徐々に支配集団がその自覚性を増してきたというあたりが本当だと思われます.

現代にあっては,この「偽装装置」であるデモクラシーを,いかにして制度的な,真に表現的なものと変えていくかが問題となります.ここで思い出すべきは,支配と(自発的)服従との差異が,両集団の利益志向同一性の有無にあったことです.社会を利益共同的な集団とし,価値の寡占を防ぐことが一種の処方箋たりうるのではないか,と考えられます.

おわりに

勢いで書いたものの,頭から読み返してみたら長いし晦渋でわけわからんですね.

3節は端折った部分が多いので,もう少し支配と服従についてちゃんと考えたい人は丸山の著書を買ってみてください.

新年度になった

4年生になりました.月日が経つのははやいものですね.

今年度は編入試験に向けて全力を注がなければならないシーズンになります.甘えることなく精進していきたいと思います.

部活動(プロコン含む)にはあまり関われそうにないです.競技部門のルールをちょっと読みましたが,昨年の大会から大幅に変わったわけではないので,もしかしたら後輩のチームに少し協力することになるかもしれません.

時間割を見ての感想ですが,全体として授業時間数が減っていてうれしいです.生じた剰余時間を有効活用していきたいですね.水曜日は90分授業3コマ分も数学の講義が入っています.うれしいような,しんどいような気持ちです.

そういえば,今年2月に受験した TOEIC IP の点数が返ってきました.完全に無対策の状況で受けたので点は良くないだろうと想像していたんですが,それにしても酷い点数でした.次回受験でリベンジできるよう対策を積んでいきたいと思います.

今年度もよろしくお願いします.