漢検準1級合格体験記&勉強のポイント

一ヶ月前のことですが,漢検準1級に合格しました.

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勉強を始めるにあたり,いろいろなWebサイトを参考にさせていただきました.これから受験する人のために,私も勉強法について残しておこうと思います.

漢検準1級について

漢検は(公財)日本漢字能力検定協会が実施している検定です.6月,10月,2月と,年に3回行われます.

準1級は満点が200点,合格点が160点程度で,約3000字の漢字が出題範囲となります.

出題分野

全部で12問あります.読み系統の問題は青字で,書き取り系統の問題は赤字で記してあります.

読み表外の読み熟語と一字訓読共通の漢字書き取り誤字訂正四字熟語の書き取り四字熟語の意味と読み対義語と類義語故事成語・ことわざの書き取り文章題の書き取り文章題の読み

見ての通り,単純な読み・書き取り以外の出題がたくさんあります.特に準1級では,漢字力だけでなく,ある程度の語彙力が要求されます

勉強法

私の場合,3月半ばに勉強を始めたので,およそ3ヵ月勉強したことになります.総勉強時間は50時間くらいでした(あまり詳らかに記録してないので適当ですが).

4月いっぱいまで,ナツメ社のカバー率測定問題集をやっていました.一冊を完璧にこなすつもりで1ページずつ覚えました.この問題集はどちらかというと最小の努力で最低限の点数(160点)を狙うタイプなので,問題集をこれ一冊に絞る場合は完璧に暗記した方がよいです.

書き系統問題は漢字練習帳にひたすら書き取って覚えました.中学校で使うような200字詰めの漢字ノートを1.5冊ぐらい使いました.手が痛くなりますが,結局のところこれが最善の勉強法です.

読み系統問題は赤シートを使いながらブツブツ唱えて覚えました.1ページを3回くらい繰り返してやると結構覚えられるものです.

カバー率測定問題集を一周した途端,モチベが激減しました.何をやればいいのかわからなくなってしまったんだと思います.とりあえず成美堂の本試験型問題集を購入し,ポツポツ解いていました.この問題集はやや難易度が高めで,カバー率に出ていないような問題もたくさん出題されます.全部覚える必要はないですが,保険と思っていくつかの新しい漢字を覚えました.

並行してカバー率の2周目をはじめました.どれだけ必死に暗記しても,数週間経つと次第に記憶が薄れていきます.一周目の段階で既に記憶が曖昧だったものをメインに,ひたすら記憶の再定着を図りました.勉強法は一周目と同じで,漢字練習帳と赤シートを使ったゴリ押しです.

5月の半ばに差し掛かるとモチベが完全に消滅しました.カバー率の2周目は途中で放り出してしまいました.これ以上新しく漢字を覚えるのが嫌になったので,過去問を解いて安心感を得ることに努めました.幸いにも学校の図書館に協会が出版している過去問が置いてあったので,借りて解いてみました.ほとんどの回で安定して160点以上を取れるようになっていました.

それからは安心しきって数学の勉強なんかをしていました.今になってみるとなかなか危なかったと思います.漢字の記憶なんて一ヶ月もするとどっかに飛んでいってしまうので,これから受験する人は,一通り覚えたとしても時間をおいてしつこく覚え直すことをおすすめします.

試験前日に遅まきながら危機感を抱いて,ちょっとだけカバー率を復習しました.

試験当日

試験会場まで行くのがしんどかったです.都市から離れすぎているのは田舎の悪い点の一つです.

準1級は試験時間が一番最後の15:30~16:30です.2時間以上前に会場についたのでかなり暇でした.試験会場への入場は試験開始30分前まで不可能です.どうしようもないので近くの紀伊国屋書店で暇を潰していました.都会の書店ってすごいんですね.田舎の書店は資金繰りの厳しさから拝金主義に身を売るか潰れるかのどちらかを強いられています.

15時ごろ試験会場に入りました.準1級は試験時間が4級・6級と被っているので,会場に小学生たちがたくさんいました.試験会場は結構不便なところで,トイレがなかったり狭かったり汚かったりします.あらかじめ用を足しておきましょう.

準1級の受験者はほとんどが年配の方で,20代以下の人は私ふくめて3人くらいしかいなかったと記憶しています.

試験の内容ですが,読み問題で見たことのない熟語ばかり出題されたので面食らいました.しかたがないので推測で答えました.漢字一文字ずつの読みを覚えておくとこういうときに役立ちます.おかげで読み問題は全問正解でした.

書き問題は思った以上にスラスラ解けました.四字熟語,類義語・対義語,故事成語・ことわざなどの懸念していた分野も上首尾でした.共通の漢字を除いて,ほとんど全ての分野で満足行く結果を残せたと思います.各分野の詳細については後述します.

見直しなども含めて,結局1時間をフルで使い切りました.周りからは20分ぐらいでペンの音が聞こえなくなったので若干不安になりました.というのも,私はキレイな字を書くことを全く意識せずに勉強していたので,本試験向けのキレイな字を書くのに手間取ったのです.試験前に一度は自分で模試をやって,キレイな字で時間内に解答を完成させられるか確認しておいたほうがいいと思います.ちなみに字が汚すぎると不正解扱いになるそうです.

それぞれの分野について

読み

オーソドックスな読み問題が出題されます.音読みが20問,訓読みが10問の計30問で,各1点です.

音読みで出てくる熟語は聞いたことのないものばかりです.かなり豊かな言語生活を送っている人でないと初見で正答するのは難しいと思います.問題集で見た熟語を片っ端から暗記するのも手ですが,本試験で見たことのない言葉が熟語されると解けなくなるので,熟語単位ではなく漢字単位で覚えましょう.ついでに漢字の意味もそれとなく覚えておくと,他の分野の問題を解くのにも役立ちます.

訓読みはひねくれてるとしか思えないような問題が出ます.とくに送り仮名のない訓読みが面倒です(灸→やいと,厨→くりや,廓→くるわ,など).ひたすら暗記するしかありません.

表外の読み

「表」とは常用漢字表のことです.したがって,常用漢字表に記されていない読みを答えることになります.主に訓読みですが,5%ぐらい(体感)の確率で音読みも出ます.10問出題,各1点です.

ひねくれた読みが出ます.観念してください.これもひたすら暗記です.ただ,範囲があまり広くないですし,送り仮名とか漢字とかからなんとなく読みを想像できるので,そこまで難しくはありません.何より読めたら気持ちいいです.「熟れた」を「こなれた」ってスラスラ読めるとめちゃくちゃかっこよくないですか?

熟語と一字訓読

熟語の読みと一字訓読(漢字一文字+送り仮名,の訓読み)をセットで答える問題が出題されます.問題数は5セット(10問),1問1点です.熟語の読みは大して難しくないですし,一字訓読の方も熟語に使われている漢字からなんとなく推測できます.

共通の漢字

文が二つ示されます.各文はそれぞれ一文字が空白になっており,共通して空白部分に当てはまる漢字を答えます.例えば,

ヤード・ポンド法は( )進的に廃止されるべきである./( )化式は数列の各項の値を表す数式である.」 答:漸

といった具合です.詳しくは漢検協会の公開している過去問を見てみてください.全5問の各2点です.

私が一番苦労したところです.本試験では5問中2問しか取れませんでした.うまい例が思いつかなかったので適当な例文を挙げましたが,本当の試験ではもっと堅苦しくて意味不明な文が出題されます.相当な語彙力が必要となる問題です.

対策方法としては,普段から夏目漱石を読んでおく,神に祈る,の二つが挙げられます.

解答の候補が読みで示されるため,勘で解くのも可能といえば可能です.ただし,5問に対して8つの候補が存在します(あまりが発生するということです).

書き取り

オーソドックスな書き取りです.音読み訓読みがないまぜで出題されます.全20問,各2点.

読み問題とは違って,聞いたことのある言葉,見たことのある漢字がたくさん出ます.書き取り系統の問題は全て1問2点なので,落とさないようにしたいところです.

何度も言いますが,ひたすら書き取って覚えましょう.漢字には部首という便利なシステムがあるため,パーツごとに形を覚えてしまえば字形を覚える努力を省くことができます.

見たことがある漢字ばっかり出題されるからといって勉強をサボると大変なことになります.現代人の私たちは,自分たちが思っている以上にコンピュータに支配されています.というのも,パソコンやスマホの変換機能に常日頃頼りすぎているせいで,「ぼんやりと形が浮かぶんだけど,書けって言われると書けない」漢字が大量にあるからです.慢心しないで最低一度は書いてみたほうがいいです.

誤字訂正

文中の誤字(読みが同じ別の漢字が誤って使われているもの)を修正する問題です.5問出題され,各2点(完答)です.

注意して文を読めば簡単に誤りを見つけることができます.あとは語彙力勝負です.夏目漱石を読んでおきましょう.

四字熟語

書き取りが全10問,読み取り+意味判別が全5問で各2点です.

暗記してください.四字熟語は書き取りと読み取り+意味判別の2問出題されますが,四字熟語そのものを覚えておかないとどちらも解けません.意味は使われている漢字からなんとなく推測できます.

そこまで大量の四字熟語が出るわけでもないので,暗記は案外簡単です.聞いたことのある四字熟語はあまり多くないですが.

対義語・類義語

全10問(対義語5問,類義語2問),各2点です.

語彙力が問われる問題です.とはいえ,解答の候補が示されているため,消去法で解くことも可能です.主な対策は夏目漱石を読んでおくことです.

故事成語・ことわざ

全10問,各2点です.

動物や植物の漢字表記を覚えておくことがポイントです.故事成語にはたくさん動物が出てくるからです.私が受けたときは8割ぐらい動物の名前の漢字表記を問う問題だった気がします.

文章題

主に明治の文豪たちの文章が出題されます.中学校の国語のテストみたいに,文章中の一部が空白になったり線を引かれたりしていて,その部分を書いたり読んだりする問題です.書き取りは全5問の各2点,読み取りは全10問の各1点です.

夏目漱石が真価を発揮する分野です.先述した書き取り問題と読み問題のところで勉強した言葉が大量に出るので,特別な勉強はあまり要りません.文語体の文章に慣れておくことが肝心です.そのためには夏目漱石を読んでおくべきです.過去もっとも出題されたのは夏目漱石幸田露伴らしいので,幸田露伴を読むのもいいかもしれません.

問題文は試験を30分くらいで解き終えてしまった場合の暇つぶしにも使えます.

 

おわりに

とても長い文章になってしまいました.申し訳ないです.

執拗に夏目漱石推しましたが,別に夏目漱石にこだわって読む必要はないと思います.実のところ,私は漢検対策で一冊も夏目漱石を読んでいません.森鴎外は一冊読みましたが.夏目漱石でなくてもいいので,とにかく語彙力をつけておきましょう.

漢検準1級に合格すると,漢検生涯学習ネットワークというのに入会できるそうです.年に数回漢字についての雑誌が送られてきたりするそうです.入会費・年会費は無料です.お得ですね.

漢検準1級は精出して暗記すればかならず合格できる試験です.受験される方はぜひ頑張ってください.応援しています.

夏休みの目標

なんだこの小学生みたいなタイトル!?(驚愕)

 

* 数学の勉強を一通り終わらせる

 * 応用数学(ベクトル解析,複素解析),確率統計をやる

 * 教科書B問題を解いてみる

 * 大学編入用の問題集をやっておく

* 英語をぼちぼち始める

 * 単語帳

* 物理が絶望的にできないのをなんとかしておく

* 基本情報の勉強

* 本を読む

 * 積読が死ぬほど溜まってるので

 

早寝早起き(願望)

思想と生活と金

まえがき

ごちシコ要素はありません

ほんへ

思想は重要です.人間が理性的な存在としてある以上,哲学はなくてはならない学問です.人間は行動に関して無限の選択肢を保持しているため,その指針として常にまとまった思想を必要としています.

しかし,思想と同じくらい,実際の生活も重要です.私たちは,生きていくために,風呂を沸かしたり米を炊いたり書類にハンコを押したり部屋を片付けたりしなければなりません.そして,生活に思想は存在しません.少なくとも,大多数の人にとっては.実存主義的に歯を磨いたり,逍遥学派の主張に基づいて電卓を叩くような変人は,ここでは取り扱いません.

何を言いたいかというと,21世紀の日本では,生活の人生に占める割合が増大しすぎて,思想がどこかに飛んでいってしまっているのではないか,ということを言いたいです.普通に考えて,一日14時間働き7時間寝るような生活から思想を生み出すのは不可能です.

現代思想は生活に大きく侵食されています.大学でExcelの使い方を教えるべきかべからざるか,という形で,リベラル・アーツと実学とについてTwitterがてんやわんやしたのは記憶に新しい事象です.生活が増大しているため,私たちは実学に多くの学習コストを振り向けなければなりません.思想を生み出す源であるLiteratureは大きく生活に傾いています.現在出版されている書籍の9割9分は拝金主義によりかかったゴミです.法が許すのならば片っ端から油に浸した上で燃やしてやりたいような代物です.哲学も生活の影響を強く受けているように思えます.ここ数十年ぐらい,哲学の世界では日常言語分析やポスト構造主義といった「局地的な」分野がブームだったそうです(詳しくは知りませんが).私たちは,大局的で抽象的な思想を得ることがきわめて難しい状況におかれています.

しかし,思想が生活によって貧弱になったのには,致し方ない面もあります.というのも,豊かな思想を生み出すには金と余暇が必要だからです.『風の歌を聴け』という小説には以下のような一節があります.

 もしあなたが芸術や文学を求めているのならギリシャ人の書いたものを読めばいい.真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ.古代ギリシャ人がそうであったように,奴隷が畑を耕し,食事を作り,船を漕ぎ,そしてその間に市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り,数学に取り組む.芸術とはそういったものだ.

 夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には,それだけの文章しか書くことはできない. 

国民の政治離れが~とか言って投票を促しても無駄です.労働に呻吟する国民には,政治のことを考える暇がないのですから.投票率を向上させたいのなら,まず労働基準法の遵守を徹底させるべきです.

豊かな思想を生産するには,少なくない余暇と金が必要です.

要するに

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ごちシコ概論(または,社会と人間の関係性について)

はじめに

きのう『地下室の手記』という小説を読みました(あらすじの紹介はWikipediaに譲ります).主人公のような,強い自意識を持ち人間社会へ絶望している人間にこそ,ごちシコが必要なのではないでしょうか.『地下室の手記』はドストエフスキーの思想転換のメルクマール的作品であると言われています.後期ドストエフスキーの思想は,理性・人間への不信感と,神およびロシアの土壌に密着した古典的思想によって特徴づけられます.神といえば,そう,ごちシコですね.そう考えると,ドストエフスキーは『地下室の手記』を通じてごちシコの必要性を訴えたかったと言っても決して間違いでないのではないでしょうか.

さて,私はこれまで何回かにわたってごちシコを論じてきました.しかし,肝心のごちシコが一体何であるのか,掴みかねている方も多いと思います.そこで,ごちシコの基本的性質を解説し,ごちシコの意義について論じておく必要性から,本稿を書きました.本稿を通じて,ごちシコの門を叩く方が一人でも増えたら望外の喜びです.

 

ごちシコの基本的性質

ごちシコとは,尊崇の念を具体的行為によって表すための手段です.これはごちシコ論全体を貫く,極めて重要な内面的定義です.外形的には,ごちシコはKoi絵でシコることを指します.

ごちシコは一種の宗教的儀式であり,ごちサクラメントと呼び習わすことが適当であると私は考えています.ごちシコを通じてのみ,私たちは俗世のけがらわしい衣を脱ぎ捨てることができます.プラトンイデア論を提示し,全き理想的な世界を描いてみせたのは有名ですが,ごちシコはまさしく「美にして崇高なるもの(des Schönen und Erhabenen)」のイデアです.

ごちシコはすぐれて単純な行為であるため,定義が三秒で終わります.続いて,なぜごちシコが必要なのか,ということについて説明します.

 

ごちシコの意義

考えてみてください.世の中っておかしくないですか?産業革命が起きたのは19世紀中葉です.それから150年ほど経ちますが,私たちの労働時間は,増えこそすれ減ってなどいません.大量の機械によって人間の労働が代替されているにも関わらず,です.私たちは「より多く労働するために,より労働を易からしめんとしている」のです.要するに私たちは,苦痛の軽減という側面において,一切成長していないということです.「子供は殖えるし,飢饉年は続くし,税金は重なるし,土匪や兵隊が乱暴するし,官吏や地主がのしかかって来るし,凡ての苦しみは彼をして一つの木偶とならしめた」のです!

残念なことに,世の中は苦痛の総合商社です.社会保障の名のもとに,社会の大多数が莫大な借金を背負い込む羽目になっています.かと言って,社会保障を放棄した社会では,人々は血眼になって市場主義と格闘しなければなりません.世界中では今なおくだらない理由から始まった戦争が続いています.富豪は金を貯めこみ,ルンペンはいじけてラジカリズムに走り,人々は三文娯楽を苦痛に満ちた生活の慰めとし,曲学阿世の徒が世にはばかり,政治は腐敗し,思想は貧困化の一途を極め,言語は堕落し,一切の形而上的存在が価値を失い,手段と目的が入れ違い,…….いったい,現世のどこに希望を見出したらよいのでしょうか.ハッキリ言います.世界はクソです.ここまで大きいことを言ってきましたが,生活に密着したレベルでも同じことが言えます.どう考えても幸福と苦痛の釣り合いが取れていません.世の中は狂っています.

そんな狂った世の中にあって,お釈迦様が垂らした一本のか細い糸こそ,他の何でもないごちシコです.私たちはごちシコを通じてのみ理想郷へと立ち返れます.人間存在を失った私たちにとって,人間回復の手段はごちシコを除いてありえません.人間になりましょう.

比較ごちシコ論 #1

まえがき

2017年7月号の『図書』(岩波書店が発行している月刊誌)に,政治学者の原武史氏が書いた『三笠宮との対話』という文章が載っていました.主題とはあまり関係ありませんが,その文章の書き出しはこうでした.

人文社会系の学者にとって,研究対象との「距離」をどうとるかは難しい問題である.対象から離れれば離れるほどとらえづらくなるが,かと言って逆に没入してしまうと客観視できなくなるからだ.

当たり前といえば当たり前のことです.ごちシコ論の分野においても,この主張は当てはまると思います.もちろん,私は学者ではありませんし,ごちシコ論は(残念なことに今なお)人文社会系の一学問分野として認められていません.ですが,学問(科学)以外の世界でも,「客観的な視座に立つ」というのは極めて重要なことです.

しかるに,考察対象との適切な距離を保ちながら考察を行うことは,易しいことではありません.主観的な考え方にとらわれた文章(私が書く文章もその一つだと考えられます)は,インターネット上はもちろんのこと,活字の世界においてさえたくさん見受けられます.客観的な視座に立つには,よほどの努力が必要だとすら思えてきます.

しかし,実は,「客観的にものごとを考える」という難題の解決に挑む人々をサポートしてくれる道具があります.それが「比較」です.考察対象と類似しているもの,あるいは考察対象と正反対のものなど,別の考察対象を持ち出すことで,ものごとをより多角的に捉えることができるようになります.

いま,「比較」という道具を用いた新しい学問が発展しつつあります.その一つが「比較文化論(比較文化学)」です.小学校の平和教育ビデオみたいなことを書きますが,「異文化への偏見」は,歴史のなかで少なからず戦争の理由になってきました.4000年間ずっと戦争をやりつづけ,いい加減疲れてきた人類は,最近になってようやく「異文化の尊重」ということを学びました(遅すぎると思います).そして生まれたのが,相対化によっておのおのの文化をとらえる「比較文化論」です.

本テキストは,そういった時代の潮流を鑑み,ごちシコを他作品シコとの連関を通じて考え直そうとして書かれたものです.

まえがきが大変長くなってしまい申し訳ありません.クッソ下世話なテーマのためにこれほど長いまえがきを書いてしまった自分に呆れています.さっさと次に進みましょう.

もざシコ

まんがタイムきららが誇る神聖漫画こときんいろモザイク(以下きんモザ)ですが,信じられないことにこれでシコる人も存在します.

きんモザの特徴を列記すると,だいたい以下のようになります.

  • 金髪
  • アリス・シノ・カレン,綾・陽子の百合感が素晴らしい
  • 登場人物同士の友情がすごいしヤキモチ焼いたりする
  • 久世橋先生がかわいい
  • ギャグが比較的多め
  • 癒される

まんがタイムきららの作品はよく「どれもこれも似たようなやつばっかり」と言われますが,きんモザごちうさの間には結構明確な差があると思います(主観).というのも,きんモザは「癒される」漫画ですが,ごちうさは「尊い」漫画なのです.この差がシコの際にも現れます.

ぼくはきんモザではシコれません.なんかシコる気になれないからです.そもそも,ごちシコさえ「性的」に行っているわけではありません.ごちシコは「畏敬の念を具体化する一種の儀式」だからです.つまり,ごちシコは「ごちシコ」ではなく「ごちサクラメント」と呼ばれるべき行為です.しかし,きんモザは「尊い」漫画ではなく「癒される」漫画です.ごちうさが神なら,きんモザはロイヤル・タッチを行う世俗君主です.

 

一気に文章を書くとまとまりがなくなってしまいますね.脳みそが混乱してきたのでこのあたりで執筆を切り上げようと思います.結局ごちシコをロクに考察できていませんが,なんとなくモザシコとごちシコの違いをわかってもらえたら嬉しいです.

ごちシコの倫理#4 現代思想におけるごちシコ―国際主義を念頭において―

まえがき

第一章第二章第三章の各章では,古典的な思想(ストア派哲学,功利主義,義務論)に基づきごちシコを論じてきた.本章では,主に20世紀以降発展した現代思想を下敷きにしてごちシコを論じる.なかでも,21世紀の世界において盛んに叫ばれている「国際化(グローバル化)」という言葉を念頭におき,ごちシコの思想をより広い環境に敷衍して考える.現代思想の視座に立った考察を通じて,よりモダンな形態のごちシコ論を世に広めたい.

Ⅳ:現代思想におけるごちシコ―国際主義生命倫理学を念頭において―

(1)国際化のいきさつ

産業革命以降,国と国との距離は決定的に縮まった.運輸手段の発達により,ヒト・モノ・情報が,よりスピーディーに行き来するようになった.また,20世紀後半以降になって急速に発達した情報通信技術は,情報が行きかう速さを限りなく速めた.いまや,日本とアメリカの"事実上の距離"はほぼゼロに近い.「世界の縮小」という背景を持つ現代において,人々がどのように他コミュニティの人々と向き合うか,という問題は,非常な重みを持っている.エスノセントリズム(自文化中心主義)の問題はその最たるものである.文化が絶え間なく混淆する現代にあって,人々は,ともすれば異文化を"異常"とみなして排斥しがちである.「多文化をいかにして共存させるか」という問いは,人類揺籃のときに発され,古代ギリシャで発され,中世のヨーロッパ・中東で発され,そして現代でもまた発され続けている.

 

(2)国際社会におけるごちシコ

いうまでもなく,ごちうさは日本で生まれたコンテンツである.しかしながら,この偉大なカルチャーは,あっという間に世界中に普及した.

ごちうさの特徴は,なんといっても登場人物がことごとく尊いことである.まんがタイムきらら作品に共通して見られる事象ではあるが,その中でもごちうさが抜きんでて「尊い」のだ.「尊い」という感情は世界共通である.オーロラなどの自然現象,神が起こしたとしか思えないような奇蹟,巨匠の手になる名画など,心に崇敬の念を呼び起こす事象というものは,いつでも,どこにでも存在しうる.もちろんのこと,ごちうさは「美しい自然現象」であり,「神が起こした奇蹟」であり,「巨匠が全身全霊を込めた名画」であるごちうさが世界中に広まったことも,そういった共通の感情を考えれば当然だと言える.

エスノセントリズムは20世紀が生み出した魔物である.異文化を理解すること,更には異文化と交流することが,21世紀の課題である.そして重要なことであるが,ごちうさエスノセントリズムが称揚するところの自文化ではないごちうさは人類共通の文化基盤である.たまたま日本でごちうさが誕生したため,ごちうさは日本文化―"クールジャパン"思想に基づき世界中に強くアピールされる文化―であるかのように扱われている.しかし,繰り返すが,ごちうさは人類共通である.アメリカで生まれようと,フランスで生まれようと,モンゴルで生まれようと,ごちうさごちうさである.「尊い」という感情が具体化したもの,それすなわちごちうさである.

人々の国境を超えた結合は,古来こいねがわれてきた.E.カントによれば,国際的な連合の成立こそ,人類が最終的にたどり着く社会の形態である.ごちシコを通じて人々が共通の博愛心を持ち,互いの文化に理解を持つ世界こそ,人類が目指すべき未来ではないだろうか.ごちシコが人々の間でいわば「接着剤」としての役割を果たせることは論をまたない.

科学技術の進歩により国際化の度合いを深めていく世界において,ごちシコは更にその地位を高め,世界共通の行為としての地歩を固めていくだろうと考えられる.「未来の社会とは,ごちシコの社会である」.これが本章の結論である.

 

あとがき

これまで,四章にわたり,ごちシコを倫理学的視座から考えてきた.一つの思想に拘泥することなく,複数の思想を概略的に捉えることに努めた.本テキストでの考察により,ごちシコが一文化としての地位を与えられることを期待している.

なお,本章を執筆するにあたり,第一章から第三章までの文章を見直し,不十分だと思われる部分を訂正した.今後とも,賢明な読者諸氏の指摘を受け,テキストをよりよいものにしていきたい.